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ランス ノートルダム大聖堂(仏)



      ガリア・ローマ時代から立派な都市であったランス。
      ゴシック様式の建築の最高傑作であり、正面の彫刻も
      素晴らしいランス大聖堂。

      私が訪ねたのは確かパリについで二番目のゴシック
      だったような気がします。

      ランスは、ちょっと前に取り上げたクロヴィスゆかりの地であり
      (彼はここで聖レミによって洗礼を受けた)
      そしてジャンヌダルクがシャルル七世をフランスの
      王位につけた記念すべき場所もこの大聖堂であった。 


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        (ランス大聖堂 西正面)


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        (ジャンヌ・ダルク)

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        (聖ニケーズと天使)
      聖ニケーズは400年ごろにここランスに司教座を遷した 


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        この主廊の幅は13メートルで、ヴォルトの高さは
        38メートルだという。道理で垂直感がある。
                       (つまり幅が狭い分、天井が高く感じられる)

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       天井は四分ヴォルトである


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         三層構成である


         


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    ランスの大聖堂ではジャン・ドルベ、、ジャンル・ルー、ゴーシェ・ド・ランス
    ベルナール・ド・ソワッソン、ベルナール・ド・クーシヘなどの建築家の名が
    わかっているという。ゴシック建築で建築にあたった人の名は知りませんでしたが、
    (フランスの古いゴシックでは)まれな例ではないでしょうか(注①)
           なお、今回は 中央扉口付近は工事中で残念ながら付近の彫刻は見れ
    ませんでした。   

          ( 注②* ここを取り上げたのは確か二回目であり、重複している
    部分もあるかと思います)

          (フランスやヨーロッパの文化について造詣の深かった饗庭 孝男さん
     が亡くなられたことを昨日の朝刊で知りました。
     最初にフランスに滞在したとき、氏の著書「石と光の思想」を
     携帯、非常に感銘を受けた記憶があります。
     ご逝去に対してご冥福をお祈り致します)

     (注①「ゴシックと建築空間」より 前川道郎著 ナカニシヤ出版)


フランス揺籃の地を巡る(北フランス)

 
     フランス王朝、揺籃の地、シャンパーニュ地方のランスやヨーロッパの
     枠組みが決まった834年のヴェルダン条約が取り交わされたヴェルダン
     などを訪ねました(昨秋)     

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         (ランス大聖堂)
      ランス。 ここはかって最も早く訪ねた中世都市かも知れない。
      そして今では、最も数多く訪ねたゴシック様式のランス大聖堂。


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         (サン・レミ教会堂)

      かのクロヴィス(メロヴィング朝を建てる)に洗礼を授けたレミグウス
      の名を冠した由緒あるロマネスクのサン・レミ教会では、今しも、
      ものものしい儀式が行われていました。  
     





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       ここヴェルダンも数回目の訪問である。

     今回の北フランスの旅は、パリに住んでいる、娘の夫の父親のお墓詣りを兼ねた
     ものでしたが、(彼には)数回、家を訪ねたり、会ったことがあるだけに、
     思い出深いものでした。
   
     (このシリーズは数回続きます)
  


中世都市 ブリュージュ・ 鐘塔、広場、市庁舎


       「ブリュージュ、ヘント、ガン,イーブルといったこの地域の
       最も有力な都市の重要性はローマ時代に由来するものではない。
       それらの都市の初期の発展は、まだ記録の少ない9,10世紀に
       始まったのである」(ドナルド・マシュー)


      フリュージュは地理的位置の良好さを生かしてフランドルの商業都市として
      9,10世紀にいち早く発展した。それが、後年、交易都市として南の
      ヴぇネツイア、北のブリュージュと称される由縁である。  

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            (市の象徴,獅子が見守るBelfort 鐘塔)

   鐘塔Belfortはブリュージュの中心にあって、市場などで働く市民を見守って来た。

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      Marct 広場も鐘塔と一心同体。市民の活動の場所であった

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     当時、フランドル地方は毛織物工業で発展、その中心ブリュージュは
     その地の利を生かして、イングランドなどとの交易で栄えた。
     また、ドイツ商人やハンザ商人(注②)の活動地でもあった。       
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     街角に今も見られる働く人の像は商業、交易都市ブリュージュのその証かも
     知れない。

     働く人 
                   
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                  (Stadhuis 市庁舎 1376)       
      市庁舎もまた商人の町、発展の要であった。
       


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       その内部。まことに煌びやかな広間である


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      このゴシック建築は、この中世都市に相応しく、また似合う。
      また、前に紹介した画家たち(注①)この都市の商業の発展から育まれた      
      のである、だから、商業が支えたといっていい。

    貴族や聖職者、富俗階級がその芸術のスポンサーだったのである


     住まい
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               屋根の形が面白い


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      これらの一風変わった建物の一群は働く人たちの住まいかあるいは
      働く場所であろう。
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    この都市が発展する要因の一つは交易に寄与した港湾であるが、
    それを持つブリュージュに幸いした。しかし砂地であり、それが港の機能が
    失われるとともに他の要因も重なって中世末期には潮が引くように寂れていった。

    しかし、後年発展に取り残されたことが、逆にタイムキャプセルのように
    蘇り、中世都市として見直され、一転芸術の都として日の目を見たのである。
     その素地は中世に培われたのである。 
  (注①メムリンクはドイツ出身で、ブリュージュで活躍した) 
  〔注②ハンザ商人はここに家や部屋を借りて取引したという「ハンザ同盟」
   教育社 高橋理著)  
  <筆者注ヴェネツイアには商館があった今でも残っている>   

 



   

 


ブリュージュとミケランジェロ


   次に聖母大聖堂に向かいました。

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          (聖母大聖堂)


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   偉大なミケランジェロ作を観るのはあのシステナ礼拝堂の天井画「最後の審判」、
       サン・ピエトロのピエタ、そしてダビデ像(フィレンツエ)以来です。
      ほんとに久しぶりです。意外なところで出会いました。

 


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          ( カラヴァッジオ)

       あの「エマオの晩餐」を彷彿させます。

       


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         ここでは、色々な絵画が展示されていて興味を引きました。
      まるで美術館の趣でした。

  

  追記

  ブリュージュで最も古い(12世紀)といわれる聖堂、聖救世主教会です。

  ここで意外なものを見ました。


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  中では、ミサをやっており、見学は取りやめました。 


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   以外なものとは、
   入口付近で発見した石棺です。 いつの時代かは分かりませんが、かなり古そうです、
   このように教会の中で、公開された石棺は初めて見ました。
   もっとも教会に埋葬された石棺があっても不思議ではありませんが。
   古い時代から教会のなか色々な人が埋蔵されてきた歴史があります。




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   偉大な芸術家の作品は勿論、すばらしいですが、このような美術も
   私には、興味を引きます。               


メムリンクとブリュージュ

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   15世紀のフランドル派の画家、ハンス・メムリンクの作品を鑑賞しました。
 同じフランドル派のファン・アイク兄弟の系譜につながるようです。

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              (聖ヨハネ施療院正面 12世紀)

                ヨーロッパの最も古い施療院の一つ
                この中にハンス・メムリンクの美術館があります

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       前回この二つの作品は便宜上、別々に掲載しましたが本当は一対に
       なっています。

       右の人物像は祈りの仕草が描かれています。これについては後ほど
       ふれます。

       左の聖母子の背景が興味深い、実に丹念に描かれています(窓の外)

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        (代表作の一つ  聖カタリナの神秘の結婚祭壇画)

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            (同上)

                             背景(景色)といい、衣装といい実に詳細に描かれています

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              ( 聖ウルスラの聖遺物箱の側面)

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              (同上)

                                    豪華な聖遺物箱ですね。いかに中世のブリュージュが潤って
            いたかが分かる気がします。

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      追記
      パリに戻って滞在先の絵好きの(娘の)旦那の書棚を見るとメムリンクの画集があり
      メムリンクは沢山の祈る仕草の作品を残していることが分かります。

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   そのへんの事情(祈りのシーンが多いこと)については,その理由は分かませんが、
   私には興味がわきます。
    (参考 Ludion      Les portraits de Memling)

     なお、祈りについての興味深い記述があります。
 11、12世紀に祈りのふたつの身振りが支配的になり、西欧キリスト教の
 祈りの特徴となった。指を伸ばして胸のところで両手を合わせること、跪くこと、、。
 (ジャン・クロード、シュミット 中世の身振り 松村剛訳 みすず書房)
     
   昨日は市民と野党が共闘しょうという今年初の集会、ファースト・アクションに
  参加、2500人が集まり、新宿西口は大いに盛り上がりました。


ブリュージュを訪ねる


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    数十年ぶりに、交易と金融の中心として栄えた中世都市ブリュージュを
 訪ねました。

 当時記念に買った古いワインの瓶が手元にのこっています。

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        少し傾いているのが愛嬌です。


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      ( 聖母子 ハンス・メムリンク 1487年)

  今回はハンス・メムリンクの作品を見れて良かったです。

  (この項,続きます)

       追記 今朝は雲一つなく晴れ渡っています。窓から見える富士が見事です。
  遅くなりました。本年もよろしくお願い致します。


光、輝き

                     ー メロヴィング美術 ー

     今回のキーワードは光、輝きです。
     この時代はきら煌びやかなものが尊ばれる時代だったのです。

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        例えば、この王冠のように

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               正に、目映いばかりの王冠一対である。

                     

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                       (グルドンの聖杯 6世紀)
                        グルドン・ブルゴーニュ
                        キリスト教 典礼用具である

            ここでも、やはり鳥が登場
            ここでは煌びやかな装いで

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       中央アジアの空を飛翔していた猛禽類の鳥が連想されるという。
       嘴と大きな目が特徴。
                    色ガラスから制作。やはり煌びやかである。
       5,6百年頃か。ゲルマン系留め金。

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         何の造形だろうか。可愛らしい。     

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     人物の表情が面白い  遺物箱か 銅板を打ち付けたもの  


   今回最も興味深かったものの一つは


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  ダゴベルト王の玉座である。折り畳み式のブロンズ製だという。
  精巧なものである。ライオンの表情も実に巧みに出来ている。

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         そのほか、このような武具も展示
        
        

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     今回のメロヴィング時代展の会場はローマ時代の遺跡であった。
     初めて目にしただけに、興味津々でした。
               その会場の設営の仕方はガロ・ロマン→メロヴィングの歴史を持つ
     パリならではの発想ではある。 


      さて、メロヴィング時代の美術はきわめて感慨深いものがありました。
      何故なら、この時代の美術が非自然主義であり、大らかさについてです。
    

      クロヴィスのカトリックへの改宗は政治的な意味(フランクの統一など)
      その荒々しい戦国の時代にこのような美術が生まれたとは不思議な感じが
      してならない。             会場        クリュニー美術館 (パリ)                     
                           


鳥と門 メロヴィング美術 


                         ーメロヴィングの時代展ー(仏・パリ)

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      前回、鳥に乗った人間の絵を紹介しました。
      実はそれは

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     上記のように写本の一部でした。
     私には非常に印象的な絵でした。



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                   (聖アウグステイヌスの旧約七書注解)

      (十字架を舐める獅子)
       アーチ状の門の中に十字架、鳥そして獅子が登場します。
       やはり、キーワードは鳥そして門です。

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      四福音書家の象徴(中心にキリスト 周りに鷲=聖ヨハネ 牛=聖ルカ
      獅子=聖マルコ 人間=聖マタイ

                を示すものだろうか。


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                            (ジェローヌの典礼書)
           そして素朴感たっぷりな、磔刑(たっ刑図) 

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                    (聖アンプロシウスのヘクサメロン 8世紀)

      そして文字と絵が合体した絵文字。
      上部に鳥と魚、まるでそれは文字のようです。
      
      文字が装飾されている。この時代、文字を飾ることが、重要な要素
      だったようです。
      


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      完全装飾された文字による写本
      色も赤みがかった色、黄色、緑などかなり限られている。

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      この時代の写本画はゲルマンは勿論、ケルトやアイルランド、地中海など
      からの影響が強いと言われているが私には、鳥、魚、動物を愛する絵心の
      絵、文字絵そのものに愛着を覚え,興味が湧きます。

       (注:参考 初期ヨーロッパ美術 学習研究社)

        ー続くー


Musee de Cluny② メロヴィング朝の時代展


   パリのクリュニー美術館を訪ねた時、折しもメロヴィング時代の美術展をやって
   いたので見ることが出来ました。

  クロヴィスは生まれながら勇武の精神の持ち主であるとともに、また良き行政家
  でもあったので、残忍、かつ不実な性格にもかかわらず、よく民心を安定し
  比較的早急にガリアに秩序をもたらすことができた」(注)
 

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クロヴィス
481-511年
フランク王国 メロヴィング朝初代の王



 

(ランスの司教レミギウスに洗礼を受けるクロヴィス)

 このしゅの美術展を観るのは、初めてであり、興味津々堪能出来ました。
 今回のフランスの中世を巡るたびは美術館(博物館)をたまたま訪ねる
 ことが多く、クリュニー美術館訪問はその端緒であった。

 上の写真にもあるように、なんと言ってもメロヴィング朝にとって
 メロヴィング朝の創始者クロヴィスのカトリックへの改宗は大きな
 出来事つまりインパクトがあったように思われます。

 国がどちらの方向に向くか、分からぬ、不安定の時代にそのリーダーが
 カトリックを選択したということは何より大きい。 

 そのメロヴィング時代300年の美術とは?

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 鳥に人間が楽しげに乗っています。この絵が象徴的にメロヴィング時代の美術をあらわして
 いるように感じます。
 詳しくはつぎに紹介したいと思います。

  (注)フランス史 金沢誠著 ダヴィッド社刊)


Musee National de Cluny,武具の世界 ①(仏)


     久しぶりにクリュニー美術館を訪ねました


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                              (クリュニー美術館)
        
         15世紀末にクリュニー会の修道院長が建てた邸宅を美術館として利用



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                  (チャペル)
                        窮りゅうの中央柱 美的で装飾的である



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              (同上)
               支骨 
        中世も末期になると建築も実用的というより、装飾的になっていった 

                 
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              (貴婦人と一角獣)
             久しぶりの再会である


           今回は武具を中心に観ることにしました

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               鎖帷子だろうか
               なかなか凝っている

          騎士はこういった防具を身につけて闘っていたのだろう
          現在の衣装のデザインと類似しているのが興味深い


     兜類
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            (刀剣類)



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                                 右側には、騎士らしい姿が見える


                   



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        楯だろうか 詳細に見ると各楯には人物や装飾が
      施されている    
    
   
         武具類については、あまり観る機会がありませんでしたが
      今回は中世の一断面である騎士社会との関連もあり、
      覗いてみました。
     
        


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