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 コミューン都市を訪ねる サン・カンタン Saint Quentin (仏)


        パリから日帰りでフランス北部のサン・カンタンを訪ねました。
   ここは古いコミューン都市として知られた存在です。



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        中心部の広場   
     中世都市といえばやはり市庁舎である

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                       この彫刻は籠から察して都市の商人だろうか。


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    ここには興味深い彫刻などが見られます。


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           近くに見えるのは聖堂、まさに付かず離れずの関係である。
    そして広場を入れるとそのまま中世都市の姿と言えよう。
    この広場では、市がたっていた。


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  聖カンタンの遺骨が納められているサン・カンタン聖堂(13世紀~)


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    プラーニッツは最も古い時期における宣誓共同体
    の存在は1081年のサン・カンタン、1099年の
    ボーヴェー、1100年のサント・メール、、、に
    実証されると述べています。

    (宣誓共同体:領主に対して市民が結成した誓約団体。

    主に北フランスに見られる 中世の都市コムーネ
    オットカール著 創文社)
     

番外編 ハハコグサ


    春真っ盛り、庭を見るとひっそりと野草が咲いている。
   日ごろ見慣れてはいるが、名前は知らない。
   ハハコグサだという。いい名前である。

   花言葉は「いつも思う」とある(ネット調べ)
   日本原産だという。

   
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 エンドウ豆がいい感じになって来た。
 これから、美味しい季節である。
 
 近所の農家で仕入れて食べたタケノコごはんも美味しく

 頂いた。何より旬で食べられるのがうれしい。   



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 大学前の通りのコンテナガーデン。いつもきれいに
 設えている。目を楽しませてくれる。




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  八ヶ岳山麓のネコヤナギ?
  やっと花?」が咲いたところである。



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花が一部落ちている


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  スミレも咲き始めた。
 こちらはやっと花の季節が巡って来ました。

 (いずれもスマートフォンにて、撮影)

 (次回から中世巡りに戻ります)


     追記

  フランス大統領選でマクロン候補がルペン氏を破って勝利した。
  39歳という若さである。

  何より彼はEUに留まることを主張、相手のルペン氏はEUから出る
  ことを主張していた。

フランス揺籃の地を巡る ヴェルダン Verdan (仏)


    フランス揺籃の地を巡る旅も最終回となりました。
    ここヴェルダンがフランスの揺籃の地といっても、この中世都市は
    ちょっと複雑な歴史を辿っています。

    現在では、勿論立派なフランス国の都市ですが、あのカール大帝で
    有名なカロリング朝時代の後、そのシャルルマーニュの孫の時代に
    フランク国は分裂を起こし(ヴェルダン条約)この都市は現在の
    ドイツに属していました。
    そのあと、フランス領になるのはかなり後16世紀なのですね。

    この都市を取り上げるのは、二回目になります。

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    この町はムーズ川の畔にあります。6世紀の時代にすでに司教座であり
    立派な商業都市の記録があります。


     
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       (大聖堂)



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    今回の旅にパリから同道した娘一家がこの大聖堂のミサに参加している
    間に自分はこの町を散策しました。その後、数年前に亡くなった
    娘の夫の父親のお墓に一緒にお参りしました。 


   第一次世界大戦の舞台(ヴェルダンの戦い)になったドゥオモン要塞の
   墓地を最後に訪ねました。
   


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      (  この地図を拡大すると、この地がベルギー、ルクセンブルグ
   ドイツに囲まれた地域であることが分かります)

    この戦いの犠牲者は70万人以上に上るといわれています。
    この地はフランスとドイツの中世以来の長い複雑な地政学上の
    歴史に根差していると思えてなりません。
    その反省の上にフランス、ドイツの現在の良好なな関係が築か
    れたのではないでしょうか。

    しかし、イギリスがEUから脱退を決めるなどヨーロッパは
    今、不安定な情勢にあります。 
    そんな中、フランスもまもなく大統領選挙があります。
    今から、ヨーロッパ情勢から目が離せられません。

    といったわけで、今回の旅行で辿ったパリーランスーヴェルダン
    の道程 は フランスの古い中世以来の歴史ある道筋であり、意義
    ある旅でした。 

           追記
    つくづく思うに、ヨーロッパ特にフランスは川(運河)が縦横にはりめぐされ
    中世どころか、ローマ時代から通商に利用されているのだから、驚きます。
    ムーズ川もその一つで、この川の流域ではポルトゥス(注)が発達したという。
    「ディナンからマーストリヒトまでのムーズ諸都市は、その経済活動の全体
    専ら河川流通に負っている」とG.デスピィ述べています。
    当然、ヴェルダンもその恩恵に預かったのでしょう。
    (注:港)    
    (G.デスビィ著、9-10世紀の都市と農村 -ムーズ地域の場合ー)     


サン・レミ (ランス・仏)


     フランス揺籃の地を訪ねる旅、次に向かったのは同じランス市内にある
    サン・レミ教会である。ここは聖レミギウスに捧げられた聖堂として知ら
    れるロマネスクの聖堂である(1015年頃起工 1049年献堂 1170年頃
    ゴシックに改変)。
       


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       一口にロマネスクといっても、時代によって変遷を遂げているのである。
       正面の塔を見ても向かって右側の塔はロマネスクに見えるし、左がゴシック
       だはないかと思われる。

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       教会内にはロマネスク時代に彫られたと思われる柱頭を見かけました。



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       聖レミ(レミグウス)がフランク王クロヴィスに洗礼を施している像
       である。      

      教会内では、典礼の儀式が執り行われていました。たまたまこの式に
      参加されている司祭?の方に声を掛けられた。一緒に訪れていた娘婿
      の知人ということであった。私も訪ねたことがあるフランス中西部の
      別荘近くの教会のミサで出会ったということである。

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        階上廊(トリビューン)は ロマネスクである。        
     
   ロマネスクやゴシックの教会を訪ねるとミサには出くわすことが
   たまにありますが、これほどの典礼の式を目にすることは稀である。
   それほどここは格式の高い教会ということでしょう。貴重な体験
   でした。         


ランス ノートルダム大聖堂(仏)



      ガリア・ローマ時代から立派な都市であったランス。
      ゴシック様式の建築の最高傑作であり、正面の彫刻も
      素晴らしいランス大聖堂。

      私の記録では、以前訪ねたのは確かパリについで二番目の
      ゴシックだったような気がします。

      ランスは、ちょっと前に取り上げたクロヴィスゆかりの地であり
      (彼はここで聖レミによって洗礼を受けた)
      そしてジャンヌダルクがシャルル七世をフランスの
      王位につけた記念すべき場所もこの大聖堂であった。 


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        (ランス大聖堂 西正面)


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        (ジャンヌ・ダルク)

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        (聖ニケーズと天使)
      聖ニケーズは400年ごろにここランスに司教座を遷した 


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        この主廊の幅は13メートルで、ヴォルトの高さは
        38メートルだという。道理で垂直感がある。
                       (つまり幅が狭い分、天井が高く感じられる)

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       天井は四分ヴォルトである


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         三層構成である


         


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    ランスの大聖堂ではジャン・ドルベ、、ジャンル・ルー、ゴーシェ・ド・ランス
    ベルナール・ド・ソワッソン、ベルナール・ド・クーシヘなどの建築家の名が
    わかっているという。ゴシック建築で建築にあたった人の名は知りませんでしたが、
    (フランスの古いゴシックでは)まれな例ではないでしょうか(注①)
           なお、今回は 中央扉口付近は工事中で残念ながら付近の彫刻は見れ
    ませんでした。   

          ( 注②* ここを取り上げたのは確か二回目であり、重複している
    部分もあるかと思います)

          (フランスやヨーロッパの文化について造詣の深かった饗庭 孝男さん
     が亡くなられたことを昨日の朝刊で知りました。
     最初にフランスに滞在したとき、氏の著書「石と光の思想」を
     携帯、非常に感銘を受けた記憶があります。
     ご逝去に対してご冥福をお祈り致します)

     (注①「ゴシックと建築空間」より 前川道郎著 ナカニシヤ出版)


フランス揺籃の地を巡る(北フランス)

 
     フランス王朝、揺籃の地、シャンパーニュ地方のランスやヨーロッパの
     枠組みが決まった834年のヴェルダン条約が取り交わされたヴェルダン
     などを訪ねました(昨秋)     

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         (ランス大聖堂)
      ランス。 ここはかって最も早く訪ねた中世都市かも知れない。
      そして今では、最も数多く訪ねたゴシック様式のランス大聖堂。


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         (サン・レミ教会堂)

      かのクロヴィス(メロヴィング朝を建てる)に洗礼を授けたレミグウス
      の名を冠した由緒あるロマネスクのサン・レミ教会では、今しも、
      ものものしい儀式が行われていました。  
     





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       ここヴェルダンも数回目の訪問である。

     今回の北フランスの旅は、パリに住んでいる、娘の夫の父親のお墓詣りを兼ねた
     ものでしたが、(彼には)数回、家を訪ねたり、会ったことがあるだけに、
     思い出深いものでした。
   
     (このシリーズは数回続きます)
  


中世都市 ブリュージュ・ 鐘塔、広場、市庁舎


       「ブリュージュ、ヘント、ガン,イーブルといったこの地域の
       最も有力な都市の重要性はローマ時代に由来するものではない。
       それらの都市の初期の発展は、まだ記録の少ない9,10世紀に
       始まったのである」(ドナルド・マシュー)


      フリュージュは地理的位置の良好さを生かしてフランドルの商業都市として
      9,10世紀にいち早く発展した。それが、後年、交易都市として南の
      ヴぇネツイア、北のブリュージュと称される由縁である。  

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            (市の象徴,獅子が見守るBelfort 鐘塔)

   鐘塔Belfortはブリュージュの中心にあって、市場などで働く市民を見守って来た。

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      Marct 広場も鐘塔と一心同体。市民の活動の場所であった

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     当時、フランドル地方は毛織物工業で発展、その中心ブリュージュは
     その地の利を生かして、イングランドなどとの交易で栄えた。
     また、ドイツ商人やハンザ商人(注②)の活動地でもあった。       
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     街角に今も見られる働く人の像は商業、交易都市ブリュージュのその証かも
     知れない。

     働く人 
                   
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                  (Stadhuis 市庁舎 1376)       
      市庁舎もまた商人の町、発展の要であった。
       


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       その内部。まことに煌びやかな広間である


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      このゴシック建築は、この中世都市に相応しく、また似合う。
      また、前に紹介した画家たち(注①)この都市の商業の発展から育まれた      
      のである、だから、商業が支えたといっていい。

    貴族や聖職者、富俗階級がその芸術のスポンサーだったのである


     住まい
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               屋根の形が面白い


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      これらの一風変わった建物の一群は働く人たちの住まいかあるいは
      働く場所であろう。
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    この都市が発展する要因の一つは交易に寄与した港湾であるが、
    それを持つブリュージュに幸いした。しかし砂地であり、それが港の機能が
    失われるとともに他の要因も重なって中世末期には潮が引くように寂れていった。

    しかし、後年発展に取り残されたことが、逆にタイムキャプセルのように
    蘇り、中世都市として見直され、一転芸術の都として日の目を見たのである。
     その素地は中世に培われたのである。 
  (注①メムリンクはドイツ出身で、ブリュージュで活躍した) 
  〔注②ハンザ商人はここに家や部屋を借りて取引したという「ハンザ同盟」
   教育社 高橋理著)  
  <筆者注ヴェネツイアには商館があった今でも残っている>   

 



   

 


ブリュージュとミケランジェロ


   次に聖母大聖堂に向かいました。

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          (聖母大聖堂)


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   偉大なミケランジェロ作を観るのはあのシステナ礼拝堂の天井画「最後の審判」、
       サン・ピエトロのピエタ、そしてダビデ像(フィレンツエ)以来です。
      ほんとに久しぶりです。意外なところで出会いました。

 


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          ( カラヴァッジオ)

       あの「エマオの晩餐」を彷彿させます。

       


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         ここでは、色々な絵画が展示されていて興味を引きました。
      まるで美術館の趣でした。

  

  追記

  ブリュージュで最も古い(12世紀)といわれる聖堂、聖救世主教会です。

  ここで意外なものを見ました。


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  中では、ミサをやっており、見学は取りやめました。 


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   以外なものとは、
   入口付近で発見した石棺です。 いつの時代かは分かりませんが、かなり古そうです、
   このように教会の中で、公開された石棺は初めて見ました。
   もっとも教会に埋葬された石棺があっても不思議ではありませんが。
   古い時代から教会のなか色々な人が埋蔵されてきた歴史があります。




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   偉大な芸術家の作品は勿論、すばらしいですが、このような美術も
   私には、興味を引きます。               


メムリンクとブリュージュ

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   15世紀のフランドル派の画家、ハンス・メムリンクの作品を鑑賞しました。
 同じフランドル派のファン・アイク兄弟の系譜につながるようです。

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              (聖ヨハネ施療院正面 12世紀)

                ヨーロッパの最も古い施療院の一つ
                この中にハンス・メムリンクの美術館があります

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       前回この二つの作品は便宜上、別々に掲載しましたが本当は一対に
       なっています。

       右の人物像は祈りの仕草が描かれています。これについては後ほど
       ふれます。

       左の聖母子の背景が興味深い、実に丹念に描かれています(窓の外)

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        (代表作の一つ  聖カタリナの神秘の結婚祭壇画)

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            (同上)

                             背景(景色)といい、衣装といい実に詳細に描かれています

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              ( 聖ウルスラの聖遺物箱の側面)

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              (同上)

                                    豪華な聖遺物箱ですね。いかに中世のブリュージュが潤って
            いたかが分かる気がします。

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      追記
      パリに戻って滞在先の絵好きの(娘の)旦那の書棚を見るとメムリンクの画集があり
      メムリンクは沢山の祈る仕草の作品を残していることが分かります。

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   そのへんの事情(祈りのシーンが多いこと)については,その理由は分かませんが、
   私には興味がわきます。
    (参考 Ludion      Les portraits de Memling)

     なお、祈りについての興味深い記述があります。
 11、12世紀に祈りのふたつの身振りが支配的になり、西欧キリスト教の
 祈りの特徴となった。指を伸ばして胸のところで両手を合わせること、跪くこと、、。
 (ジャン・クロード、シュミット 中世の身振り 松村剛訳 みすず書房)
     
   昨日は市民と野党が共闘しょうという今年初の集会、ファースト・アクションに
  参加、2500人が集まり、新宿西口は大いに盛り上がりました。


ブリュージュを訪ねる


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    数十年ぶりに、交易と金融の中心として栄えた中世都市ブリュージュを
 訪ねました。

 当時記念に買った古いワインの瓶が手元にのこっています。

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        少し傾いているのが愛嬌です。


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      ( 聖母子 ハンス・メムリンク 1487年)

  今回はハンス・メムリンクの作品を見れて良かったです。

  (この項,続きます)

       追記 今朝は雲一つなく晴れ渡っています。窓から見える富士が見事です。
  遅くなりました。本年もよろしくお願い致します。


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