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「12世紀ルネサンス」を歩く(番外編)



       「12世紀の復興は、カロリング・ルネサンスと違って、宮廷や
        王朝が作りだしたものではなかった。またイタリア・ルネサンスと
        違ってこの復興は、一地域で開始されたものではなかった。
                               (ハスキンズ)
        
                    ハスキンズはこの本「12世紀ルネサンス」の序言で、「この時代
       (12世紀)はロマネスク芸術が全盛期を迎え、ゴティク芸術が開始
       され、俗語(自国語文学)が出現し、ラテン的古典やラテン詩ローマ
       法がよみがえり、、、と述べています。
       

                    PC286292.JPG 
             (アーヘンの礼拝堂)      

     カロリング・ルネサンス(9世紀)の本拠地アーヘンのカール大帝
     の礼拝堂
            (アーヘンはカロリング朝の宮廷が置かれ、シャルマーニュ(カール大帝
     滞在した古都である)

            ハスキンズはこの本の中で、(上記のルネサンスは)9世紀の学問と文学
    の復興と述べている。             
     


                  CIMG5596.JPG   
            (シャルトル大聖堂)
                    12世紀・ルネサンスの具体的例としてハスキンズは
            シャルトルの司教座聖堂学校をあげている。
      
              P1056683.JPG
               (イタリア・ボローニアの大学付近)

         12世紀に設立されたボロニア大学についても言及している
         「大学は文明に対する中世の貢献であり、とりわけ12世紀の
         貢献である」と。 

         彼はまた、「ボローニヤは諸大学の母であり、北部におけるパリ
         のように、南ヨーロッパにおける高等教育制度の産みの親であった」
         とも述べています。 
      

                        PA300095.JPG

    (イタリア・ルネサンス(15世紀)の発祥の地、フィレンツエの大聖堂)

     ヨーロッパ中世のルネサンスといえば、まずここが思い浮かぶ。
     歩きはじめの頃、ここに良く通った(注 これについても12世紀
     ルネサンスとは関係ありません)。
         
     さて、今思えば、各地のロマネスク会堂やシャルトル、ボローニアなどの
     大学都市訪問は結果として12世紀ルネサンスを歩いたことになります。

     ハスキンズ・テーゼの12世紀・ルネサンスについての現在の評価は知り
    ません(ホイジンガなど否定的)。しかし、彼が暗黒社会の中世について
    否定し、再評価した点は(何かで読んだことがあります)評価すべきと思う。

         (注*12世紀ルネサンス ハスキンズ 野口洋二訳 創文社)

                   (写真は全てyoku撮影)


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