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中世都市 ブリュージュ・ 鐘塔、広場、市庁舎


       「ブリュージュ、ヘント、ガン,イーブルといったこの地域の
       最も有力な都市の重要性はローマ時代に由来するものではない。
       それらの都市の初期の発展は、まだ記録の少ない9,10世紀に
       始まったのである」(ドナルド・マシュー)


      フリュージュは地理的位置の良好さを生かしてフランドルの商業都市として
      9,10世紀にいち早く発展した。それが、後年、交易都市として南の
      ヴぇネツイア、北のブリュージュと称される由縁である。  

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            (市の象徴,獅子が見守るBelfort 鐘塔)

   鐘塔Belfortはブリュージュの中心にあって、市場などで働く市民を見守って来た。

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      Marct 広場も鐘塔と一心同体。市民の活動の場所であった

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     当時、フランドル地方は毛織物工業で発展、その中心ブリュージュは
     その地の利を生かして、イングランドなどとの交易で栄えた。
     また、ドイツ商人やハンザ商人(注②)の活動地でもあった。       
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     街角に今も見られる働く人の像は商業、交易都市ブリュージュのその証かも
     知れない。

     働く人 
                   
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                  (Stadhuis 市庁舎 1376)       
      市庁舎もまた商人の町、発展の要であった。
       


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       その内部。まことに煌びやかな広間である


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      このゴシック建築は、この中世都市に相応しく、また似合う。
      また、前に紹介した画家たち(注①)この都市の商業の発展から育まれた      
      のである、だから、商業が支えたといっていい。

    貴族や聖職者、富俗階級がその芸術のスポンサーだったのである


     住まい
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               屋根の形が面白い


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      これらの一風変わった建物の一群は働く人たちの住まいかあるいは
      働く場所であろう。
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    この都市が発展する要因の一つは交易に寄与した港湾であるが、
    それを持つブリュージュに幸いした。しかし砂地であり、それが港の機能が
    失われるとともに他の要因も重なって中世末期には潮が引くように寂れていった。

    しかし、後年発展に取り残されたことが、逆にタイムキャプセルのように
    蘇り、中世都市として見直され、一転芸術の都として日の目を見たのである。
     その素地は中世に培われたのである。 
  (注①メムリンクはドイツ出身で、ブリュージュで活躍した) 
  〔注②ハンザ商人はここに家や部屋を借りて取引したという「ハンザ同盟」
   教育社 高橋理著)  
  <筆者注ヴェネツイアには商館があった今でも残っている>   

 



   

 


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