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フランス揺籃の地を巡る ヴェルダン Verdan (仏)


    フランス揺籃の地を巡る旅も最終回となりました。
    ここヴェルダンがフランスの揺籃の地といっても、この中世都市は
    ちょっと複雑な歴史を辿っています。

    現在では、勿論立派なフランス国の都市ですが、あのカール大帝で
    有名なカロリング朝時代の後、そのシャルルマーニュの孫の時代に
    フランク国は分裂を起こし(ヴェルダン条約)この都市は現在の
    ドイツに属していました。
    そのあと、フランス領になるのはかなり後16世紀なのですね。

    この都市を取り上げるのは、二回目になります。

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    この町はムーズ川の畔にあります。6世紀の時代にすでに司教座であり
    立派な商業都市の記録があります。


     
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       (大聖堂)



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    今回の旅にパリから同道した娘一家がこの大聖堂のミサに参加している
    間に自分はこの町を散策しました。その後、数年前に亡くなった
    娘の夫の父親のお墓に一緒にお参りしました。 


   第一次世界大戦の舞台(ヴェルダンの戦い)になったドゥオモン要塞の
   墓地を最後に訪ねました。
   


             IMG_0330 (2).jpg
 

            IMG_0331.jpg

        
   
      (  この地図を拡大すると、この地がベルギー、ルクセンブルグ
   ドイツに囲まれた地域であることが分かります)

    この戦いの犠牲者は70万人以上に上るといわれています。
    この地はフランスとドイツの中世以来の長い複雑な地政学上の
    歴史に根差していると思えてなりません。
    その反省の上にフランス、ドイツの現在の良好なな関係が築か
    れたのではないでしょうか。

    しかし、イギリスがEUから脱退を決めるなどヨーロッパは
    今、不安定な情勢にあります。 
    そんな中、フランスもまもなく大統領選挙があります。
    今から、ヨーロッパ情勢から目が離せられません。

    といったわけで、今回の旅行で辿ったパリーランスーヴェルダン
    の道程 は フランスの古い中世以来の歴史ある道筋であり、意義
    ある旅でした。 

           追記
    つくづく思うに、ヨーロッパ特にフランスは川(運河)が縦横にはりめぐされ
    中世どころか、ローマ時代から通商に利用されているのだから、驚きます。
    ムーズ川もその一つで、この川の流域ではポルトゥス(注)が発達したという。
    「ディナンからマーストリヒトまでのムーズ諸都市は、その経済活動の全体
    専ら河川流通に負っている」とG.デスピィ述べています。
    当然、ヴェルダンもその恩恵に預かったのでしょう。
    (注:港)    
    (G.デスビィ著、9-10世紀の都市と農村 -ムーズ地域の場合ー)     


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