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フィリップ・オーギュストとパリ



     パリといえば、第二帝政下で広い道路を作ったオスマン

     男爵が知られていますが、実は中世パリのフリップ・
     尊厳王(フィリップ・オーギュストの名は8月に生まれた
     王子が由来である)が第一の立役者である。(泥道に等しかった
     道路を石で舗装した)
  
      今回はルーヴルのシュリー翼半地下にある城塞址の
     見学に行きました。灯台下暗し、私にとって頻繁に訪れ
     ているパリですが、ここは最も身近にある中世の城壁です。
      (パリを城壁で囲ったのもオーギュストである)


     相変わらずルーヴルは混んでいましたが、ここは別世界
     でした。
               

     ここを建設したのは、上記のカペー朝のシャルマーニュと仇名
     されたフリップ尊厳王(1165-1223)です。
     この人は前回取り上げた聖王ルイのおじいさんにあたります。
       
                DSC_0867 (2).JPG



                DSC_0868 (2).JPG



               DSC_0873 (2).JPG



              DSC_0871 (2).JPG


        子供たちが見学に訪れていました。

       フリップ尊厳王
      フランス王として、王領の拡大と王権の強化に努め、
      優れた統治を行った。官僚を創設し、裁判を整備
      パリの町を美化した(注* ヨーロッパ中世 藤原書店)



              DSC_0872 (2).JPG


     次に向かったのは、一階の中世部門である。
     そこでいろいろ観ましたが、代表的な像はこの
     シャルマーニュの像である。


             DSC_0902 (5).JPG

     カール大帝(シャルマーニュ)像
    
    以前ルーヴルの絵画部門は数回訪れたものの、この中世部門は
    ルーヴルの混雑に辟易していたこともあって、随分遅い見学に
    なってしまいました。   

   
         追記

IMG_20170624_072039.jpg


庭にギボウシの花が一輪だけ咲いていました。
ギボウシの由来は花(この画像では上の部分)蕾が
擬宝珠に似ていることから来ていると言われてます。        
     

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