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フィリップ・オーギュストとパリ



     パリといえば、第二帝政下で広い道路を作ったオスマン

     男爵が知られていますが、実は中世パリのフリップ・
     尊厳王(フィリップ・オーギュストの名は8月に生まれた
     王子が由来である)が第一の立役者である。(泥道に等しかった
     道路を石で舗装した)
  
      今回はルーヴルのシュリー翼半地下にある城塞址の
     見学に行きました。灯台下暗し、私にとって頻繁に訪れ
     ているパリですが、ここは最も身近にある中世の城壁です。
      (パリを城壁で囲ったのもオーギュストである)


     相変わらずルーヴルは混んでいましたが、ここは別世界
     でした。
               

     ここを建設したのは、上記のカペー朝のシャルマーニュと仇名
     されたフリップ尊厳王(1165-1223)です。
     この人は前回取り上げた聖王ルイのおじいさんにあたります。
       
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        子供たちが見学に訪れていました。

       フリップ尊厳王
      フランス王として、王領の拡大と王権の強化に努め、
      優れた統治を行った。官僚を創設し、裁判を整備
      パリの町を美化した(注* ヨーロッパ中世 藤原書店)



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     次に向かったのは、一階の中世部門である。
     そこでいろいろ観ましたが、代表的な像はこの
     シャルマーニュの像である。


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     カール大帝(シャルマーニュ)像
    
    以前ルーヴルの絵画部門は数回訪れたものの、この中世部門は
    ルーヴルの混雑に辟易していたこともあって、随分遅い見学に
    なってしまいました。   

   
         追記

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庭にギボウシの花が一輪だけ咲いていました。
ギボウシの由来は花(この画像では上の部分)蕾が
擬宝珠に似ていることから来ていると言われてます。        
     

ロワイヨーモン修道院 Abbey de Royaumont (仏)


      先日の土曜、国会前に行って来た。すごく暑い日でしたが、一万人以上の
  老若男女が集まっていた。元気なhさん(女性)のコールが響いていた。
  

   さて、この修道院行は去年の秋(10月)である。パリから日帰りで訪ねました。
  なかなか中世の雰囲気を感じさせる所でした。途中駅を間違えたが、
  親切なフランス人が修道院まで、車で送って頂き、おまけに観終わったら駅まで
  迎えに来て送って頂いた。ここはちょっと辺鄙なところにある。
  修道院はやはり人里離れた場所に建てられたのである。ここはシトー派の建物で
  あり、それ(辺鄙な場所)が当然のことであった。


      

    聖王ルイが建てた修道院


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                       (1235年建築)

     聖王ルイ(1214~1270)フイリップ尊厳王の事業を継いで
     平和のうちに王権を発展させた。また深い信仰心を持ち、聖地の
     奪回を夢見て二度の十字軍を試みたが、いずれも失敗に終わり、テュニス
     病没した(注)

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    この修道院はフランス革命時破壊され、今では遺跡のようになっているが、
    それが逆に訪ねる人の往時を偲ぶ縁(よすが)になっている気がします。

           (注:ヨーロッパ中世 芸術と社会より ジョルジュ デュビィ著 藤原書店)