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光、輝き

                     ー メロヴィング美術 ー

     今回のキーワードは光、輝きです。
     この時代はきら煌びやかなものが尊ばれる時代だったのです。

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        例えば、この王冠のように

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               正に、目映いばかりの王冠一対である。

                     

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                       (グルドンの聖杯 6世紀)
                        グルドン・ブルゴーニュ
                        キリスト教 典礼用具である

            ここでも、やはり鳥が登場
            ここでは煌びやかな装いで

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       中央アジアの空を飛翔していた猛禽類の鳥が連想されるという。
       嘴と大きな目が特徴。
                    色ガラスから制作。やはり煌びやかである。
       5,6百年頃か。ゲルマン系留め金。

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         何の造形だろうか。可愛らしい。     

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     人物の表情が面白い  遺物箱か 銅板を打ち付けたもの  


   今回最も興味深かったものの一つは


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  ダゴベルト王の玉座である。折り畳み式のブロンズ製だという。
  精巧なものである。ライオンの表情も実に巧みに出来ている。

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         そのほか、このような武具も展示
        
        

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     今回のメロヴィング時代展の会場はローマ時代の遺跡であった。
     初めて目にしただけに、興味津々でした。
               その会場の設営の仕方はガロ・ロマン→メロヴィングの歴史を持つ
     パリならではの発想ではある。 


      さて、メロヴィング時代の美術はきわめて感慨深いものがありました。
      何故なら、この時代の美術が非自然主義であり、大らかさについてです。
    

      クロヴィスのカトリックへの改宗は政治的な意味(フランクの統一など)
      その荒々しい戦国の時代にこのような美術が生まれたとは不思議な感じが
      してならない。             会場        クリュニー美術館 (パリ)                     
                           


鳥と門 メロヴィング美術 


                         ーメロヴィングの時代展ー(仏・パリ)

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      前回、鳥に乗った人間の絵を紹介しました。
      実はそれは

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     上記のように写本の一部でした。
     私には非常に印象的な絵でした。



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                   (聖アウグステイヌスの旧約七書注解)

      (十字架を舐める獅子)
       アーチ状の門の中に十字架、鳥そして獅子が登場します。
       やはり、キーワードは鳥そして門です。

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      四福音書家の象徴(中心にキリスト 周りに鷲=聖ヨハネ 牛=聖ルカ
      獅子=聖マルコ 人間=聖マタイ

                を示すものだろうか。


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                            (ジェローヌの典礼書)
           そして素朴感たっぷりな、磔刑(たっ刑図) 

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                    (聖アンプロシウスのヘクサメロン 8世紀)

      そして文字と絵が合体した絵文字。
      上部に鳥と魚、まるでそれは文字のようです。
      
      文字が装飾されている。この時代、文字を飾ることが、重要な要素
      だったようです。
      


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      完全装飾された文字による写本
      色も赤みがかった色、黄色、緑などかなり限られている。

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      この時代の写本画はゲルマンは勿論、ケルトやアイルランド、地中海など
      からの影響が強いと言われているが私には、鳥、魚、動物を愛する絵心の
      絵、文字絵そのものに愛着を覚え,興味が湧きます。

       (注:参考 初期ヨーロッパ美術 学習研究社)

        ー続くー


Musee de Cluny② メロヴィング朝の時代展


   パリのクリュニー美術館を訪ねた時、折しもメロヴィング時代の美術展をやって
   いたので見ることが出来ました。

  クロヴィスは生まれながら勇武の精神の持ち主であるとともに、また良き行政家
  でもあったので、残忍、かつ不実な性格にもかかわらず、よく民心を安定し
  比較的早急にガリアに秩序をもたらすことができた」(注)
 

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クロヴィス
481-511年
フランク王国 メロヴィング朝初代の王



 

(ランスの司教レミギウスに洗礼を受けるクロヴィス)

 このしゅの美術展を観るのは、初めてであり、興味津々堪能出来ました。
 今回のフランスの中世を巡るたびは美術館(博物館)をたまたま訪ねる
 ことが多く、クリュニー美術館訪問はその端緒であった。

 上の写真にもあるように、なんと言ってもメロヴィング朝にとって
 メロヴィング朝の創始者クロヴィスのカトリックへの改宗は大きな
 出来事つまりインパクトがあったように思われます。

 国がどちらの方向に向くか、分からぬ、不安定の時代にそのリーダーが
 カトリックを選択したということは何より大きい。 

 そのメロヴィング時代300年の美術とは?

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 鳥に人間が楽しげに乗っています。この絵が象徴的にメロヴィング時代の美術をあらわして
 いるように感じます。
 詳しくはつぎに紹介したいと思います。

  (注)フランス史 金沢誠著 ダヴィッド社刊)


Musee National de Cluny,武具の世界 ①(仏)


     久しぶりにクリュニー美術館を訪ねました


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                              (クリュニー美術館)
        
         15世紀末にクリュニー会の修道院長が建てた邸宅を美術館として利用



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                  (チャペル)
                        窮りゅうの中央柱 美的で装飾的である



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              (同上)
               支骨 
        中世も末期になると建築も実用的というより、装飾的になっていった 

                 
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              (貴婦人と一角獣)
             久しぶりの再会である


           今回は武具を中心に観ることにしました

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               鎖帷子だろうか
               なかなか凝っている

          騎士はこういった防具を身につけて闘っていたのだろう
          現在の衣装のデザインと類似しているのが興味深い


     兜類
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            (刀剣類)



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                                 右側には、騎士らしい姿が見える


                   



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        楯だろうか 詳細に見ると各楯には人物や装飾が
      施されている    
    
   
         武具類については、あまり観る機会がありませんでしたが
      今回は中世の一断面である騎士社会との関連もあり、
      覗いてみました。
     
        


パリ中世ブラブラ歩き(フランス)

           
     「上から降下する力の辿る線はゴチックの尖形の窓となり
      、上昇する祈りは塔や窓の先端となり,迫持ちに支えら
      れた建物の全体は、一つの音楽的な調和を具現する
                       (森有正)

              久しぶり(一年数ヶ月振り)に滞在先のパリ郊外から、
     市内に出て、歩いてみました。

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        地下鉄を降り、コンコルド広場に出ます

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      エジプトから伝わるオベリスクが遠くに見えます

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        チュイルリ公園に入り、しばらく歩く

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       ルーブル宮が真正面に
       右に曲がると


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       セーヌが流れ、遠くにノートル・ダムが微かに見えます
       真ん中の尖塔がサント・シャペルその右にノートルダム

       橋を渡り、左岸に



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        しばらくセーヌ沿いに歩き右に曲がり、国立美術学校の
        前を横切り、しばらく歩くと目指すサン・
         ジェルマン・デ・プレ教会の鐘楼が

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      この教会には何回通っただろうか。この界隈が好きである

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      教会横を走るサン・ジェルマン大通りを左に歩く

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      二つの映画館が道を挟んで

                学生時代 故アランレネ監督などの
      フランス映画に夢中なったことを思い出す

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                  左に行くとサン・ミシェル広場
      しかし、角を右に 
  
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        ローマ時代の遺跡を横切り、左に曲がると隣が  

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        中世(クリュニー)美術館である。

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         メロヴィング時代の特別展の看板があったので、これ幸いと観ていく
         ことに、いいタイミングだった
         (この観覧記はあらためて報告します)


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         しばらく行くと、左にサン・セヴランが

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       次に目指すロマネスク、サン・ジュルアン・ボープルに立ち寄る

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         内部である

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              同上

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                         手前の木が生えているところは公園だが、閉まっていた                               
         最後に目指すは、橋を渡ってノートル・ダム

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              今回は余りの観光客の多さに見学を断念することに。

        大昔?寒い冬にセーヌ川の船からノートル・ダムを眺めて感激しました。
        (以来,足しげく通っています)
         

          今回は、大急ぎの散歩でした。歩くのにちょうど良い距離です。   
          (注:巻頭の言葉は[遙かなノートル・ダム] 筑摩書房より)  


戻って来ました、グランド・ジャット島に(仏)


   印象派の画家に愛された島として知られるセーヌ川の中州
  グランド・ジャット島

  パリ郊外の滞在先がこの島に近いとあって、来仏のたびに
  パリ北西 1,5キロのこの島に通っています。

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     この島の沿岸に良く現れる白鳥

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   ハロウインの催しだろうか。小さな子供たちが集まって
   いました。

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   子供たちに園芸を親しませる催しのようだった

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    このような散歩道がこの島の周りに設えてあります

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  キュビスムの画家、アルベール・グレーズもこの
  島に通ったらしい

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   島では、紅葉が始まっていました

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      それにしても、いつもこうして満々と水を湛えて、滔々と流れ
      迎えてくれるセーヌが不思議でならない

      これから,しばらく巡った中世歩きが続きます、、、、、


(中世)都市と橋 バラントレ橋(番外編)


    フランスの中世都市カオール を訪ねたのはかなり前のことになる。
    そのころ、一連のフランス西南部のドーム式教会堂を訪ねていて
    そのいっかんとしてカオールの大聖堂を訪ねたわけである。
    カオールは司教座所在地である。従ってこの町は中世にはかなりの
    町であったことが分かる。今では地方の小規模の町であるが、中世
    にはかなり賑わっていたことが察せられる。 
  
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         (サン・テティエンヌ 11世紀)
         
         大聖堂である。ドーム式教会堂であり、ドーム式と
         としては、フランスの最初のものである。


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       旧市街の横道にそれると中世の面影の残る場所に
       出くわす。

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           (バラントレ橋 14世紀)
      
          ロット川に掛かっている。
          この橋の上流側には水切りも備えていて
          かなり強固に見える。

          塔には、狭間が見えるところから要塞的な橋である
          ことが分かる。この地方の重要な中世都市であった
          カオールを守るための軍事的な任務を担っていた
          のであろうか。中世の一断面である。       


聖ミカエルの審判 (番外編)


    「聖ミカエルは家令のように玉座の前にあって、裁判を進行させる。
     それというのも、神の法廷は地上の領主の法廷のように判決を下す
     からだ」(ジョルジュ・デュビー)

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          聖ミカエルと秤(はかり)
        
    聖ミカエル(画像の」左)は最後の審判の際、人間の魂を
    秤で計る大天使としてしられる。
    この人間は”天国に送るか地獄に落とす”かと。
    中世の人々にとっては恐れられる存在だったことが想像
    できる。画像の右は悪魔(この裁判を邪魔?している)

    一方で大天使ミカエルは竜を退治する神の戦士として
    敬われて、描かれることが多い。ここからミカエル崇拝
    が生まれている。現在でもこの人名が多いことからも
    親しまれているのが推し量れる気がします。
    
           

     聖なる山

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           (モン・サン・ミッシェル)
       
       山岳信仰のひとつ 聖ミカエルを祀った山である。

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      (サン・ミッシェル礼拝堂・ル・ピュイ)

       ここも聖ミカエルを祀っている。

     こういったフランスの山は聖ミカエル信仰の証として
     中世の人々の心情がしのばれるものである。

         (画像はyoku撮影)        


騎士の世界(番外編)


     「彼らは騎乗で戦った。あるいは、たまたま作戦行動の
      間に徒歩なるのが見られることはあっても、少なくとも、
      移動ときには必ず乗馬であった。更に、彼らは完全武装
      で戦った、攻撃兵器としては槍と剣、時には鉾、防御兵器
      としては、頭部を防御する兜、体を覆うものとしては
      全身あるいは身体の一部分を覆う、鎖帷子、更に手に
      三角形か円形の楯」(マルク・ブロック)



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            (バイユーの綴れ織 11世紀製作)
        この綴れ織のテーマはノルマンディ公ーウイリアムの
        英国征服物語である。
      中世歩きのごく初期の頃、ノルマンディーのロマネスクを
      訪ねた折り、バイユーを訪ねました。戦場の一シーン。
      非常に緊迫感があります。シーンごとに絵解きがあります。
      手には槍、体には鎖帷子のようなものを纏っています。
      まるで、映画のワン・シーンを観ているようです。
      (騎乗の騎士はウィリアム軍)

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        (ロッシュのお城 アンジュー伯が築かせたという)

       さて、この中世における騎士といえば、チャンチャンバラバラ
       ただ騎乗で戦ったに過ぎない存在に見えますが、実はその存在は
       はなはだ、奥深いものがあります。

       中世ヨーロッパの封建社会を考える場合、この騎士社会は無視
       出来ない。彼らは上は王や大諸侯、下は下級騎士という幅広い
       地位だったと言われています。

       ここでは、深入りしませんが、重要なことは、彼らは貴族
       の一員だったということでしょうか。
        
                    (巻頭の言葉は「封建社会」 マルク・ブロック著 新村猛他訳 
       みすず書房)
        (画像はすべてyoku撮影)     


「12世紀ルネサンス」を歩く(番外編)



       「12世紀の復興は、カロリング・ルネサンスと違って、宮廷や
        王朝が作りだしたものではなかった。またイタリア・ルネサンスと
        違ってこの復興は、一地域で開始されたものではなかった。
                               (ハスキンズ)
        
                    ハスキンズはこの本「12世紀ルネサンス」の序言で、「この時代
       (12世紀)はロマネスク芸術が全盛期を迎え、ゴティク芸術が開始
       され、俗語(自国語文学)が出現し、ラテン的古典やラテン詩ローマ
       法がよみがえり、、、と述べています。
       

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             (アーヘンの礼拝堂)      

     カロリング・ルネサンス(9世紀)の本拠地アーヘンのカール大帝
     の礼拝堂
            (アーヘンはカロリング朝の宮廷が置かれ、シャルマーニュ(カール大帝
     滞在した古都である)

            ハスキンズはこの本の中で、(上記のルネサンスは)9世紀の学問と文学
    の復興と述べている。             
     


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            (シャルトル大聖堂)
                    12世紀・ルネサンスの具体的例としてハスキンズは
            シャルトルの司教座聖堂学校をあげている。
      
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               (イタリア・ボローニアの大学付近)

         12世紀に設立されたボロニア大学についても言及している
         「大学は文明に対する中世の貢献であり、とりわけ12世紀の
         貢献である」と。 

         彼はまた、「ボローニヤは諸大学の母であり、北部におけるパリ
         のように、南ヨーロッパにおける高等教育制度の産みの親であった」
         とも述べています。 
      

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    (イタリア・ルネサンス(15世紀)の発祥の地、フィレンツエの大聖堂)

     ヨーロッパ中世のルネサンスといえば、まずここが思い浮かぶ。
     歩きはじめの頃、ここに良く通った(注 これについても12世紀
     ルネサンスとは関係ありません)。
         
     さて、今思えば、各地のロマネスク会堂やシャルトル、ボローニアなどの
     大学都市訪問は結果として12世紀ルネサンスを歩いたことになります。

     ハスキンズ・テーゼの12世紀・ルネサンスについての現在の評価は知り
    ません(ホイジンガなど否定的)。しかし、彼が暗黒社会の中世について
    否定し、再評価した点は(何かで読んだことがあります)評価すべきと思う。

         (注*12世紀ルネサンス ハスキンズ 野口洋二訳 創文社)

                   (写真は全てyoku撮影)