So-net無料ブログ作成
  • ブログをはじめる
  • ログイン
前の10件 | -

ヴァザーリの回廊 (フィレンツェ・イタリア)


    この前の連休、八ヶ岳を訪ね、運よく山麓でハナイグチに出くわしました。

 信州の人々はじこぼう(自候坊)と呼んでるキノコです。

 もちろん、馴染みのキノコですから、何回も出会っていますが、こんな

 完全な形で見たことはあまりありません。今回タイミングが良かったの

 でしょう。


          IMG_20180917_102403.jpg 


          IMG_20180917_102350.jpg


          

                             


 カサには、独特のぬめりがあります。


   

     (手持ちのスマホにて撮影)

   このキノコはカラ松林でよく見かけます。


  というわけで、フレンツエのシリーズなかなか先に進めません。



          DSC_0837 (3).JPG  

       (ヴェッキオ宮 14世紀)


  この辺りは、フィレンツェの中心に位置しているため、足繫く通いました。

 ヴェッキオ宮は政治の中枢であり、ここはコジモ一世(注)の住まいであった時代があり、 

 後に住居をビッテイ宮に移したために、ベッキオ(古い宮)と呼ばれるようになった

 という。




   DSC_0840 (4).JPG

     (ウヒツイ美術館)


   ヴェッキオ宮の隣はウヒツイ美術館です


 DSC_0767 (4).JPG

      (ヴェッキオ橋)


  


  ヴェキオ宮から、ヴェッキオ橋の先にあるビッテイ宮(現在は美術館)まで

 メジチ家の人々は群衆に会うことなくこのヴァザーリの回廊と呼ばれる通路を

 通って往来することが出来たという。この回廊は要するにセキュウリテイ

 身の安全を図る意味があったのです。

 いかにメジチ家が当時権勢を誇ったが分かります。

 現在のウヒツイ美術館は当時、メジチの事務所(ウヒツイとは、イタリア語で

 事務所を意味するのだという。


  (注:コジモ一世は、老コジモより一世紀後に出たメジチ家の当主であり、

 フィレンツェがトスカナ大公領の中心となって最初の大公)


 (参考:ルネサンスの人と文化 日本放送出版協会)                

コメント(1) 

ポッテイチェリとメジチ家


   

DSC_0731 (2).JPG


DSC_0716 (2).JPG



   DSC_0739 (4).JPG 

 

                  (以上はすべて、ウヒツイ美術館にて)

  

  さて、ポッテイチェリの作品集の中のから「メダルを持つ若い男」から「アベレスの

  誹謗」まで羅列しましたが、それぞれポッテイチェリの重要な作品です。

  これだけの作品だけでも、ポッテイチェリの奥の深さが見て取れます。


  DSC_0751 (3).JPG 

  (トリプーナの部屋)

 

 ウヒツイ美術館には、「トリブーナの部屋」と呼ばれる部屋
 があります。


 DSC_0751 (5).JPG

  「メジチのヴイーナス」


  この像はメジチ家が所有していた大理石の像だが、「まるでポッテイチェリの

 「春」や「ヴィーナスの誕生」の美しいモデルは、この彫像ではなかったか

 と想像してみる」(注)とあるが、ほんとうにそう思える。


 ここで、メジチの名が出て来ましたが、ポッテイチェリほどメジチ家との

 つながりが深い関係を持つ画家はいないかも知れない。

 それについては、項をあらためて触れたい。


  (注:美術のヨーロッパ・創元社)

  (参考:「フレンツェ・ルネサンス」 日本放送出版協会)

コメント(0) 

続編 ポッテイチェリの聖母子他 (フィレンツェ・イタリア)


  IMG_20180817_100934.jpg

    (手元のスマートフォンにて撮影)


  数日前訪ねた八ヶ岳山麓ではヨメナが咲き、すでに秋の気配が漂っていました。

 随分遅れてしまいましたが、ポッテイチェリ作品の続編です。


 


DSC_0723 (5).JPG


  ポッテイチェリの作品で多く見られる、聖母子像のひとつです。

 


DSC_0717 (5).JPG


 同上、やはり聖母子像その②です。


DSC_0714 (3).JPG



        (すべてウヒツイ美術館にて)


       

コメント(1) 

ポッティチェリ 「バラスとケンタウロス」(フィレンツェ・伊)


      DSC_0740 (4).JPG


   ギリシャ神話を題材とした、ある意味ポッティチェリに最もふさわしい絵画

   かも知れません。

   ケンタウロスはギリシャ神話に見られ、またロマネスク建築の壁面に登場するの

   をあちこちで見て来た。

   一説によるとケンタロウスはヘレニズム時代のバビロニアのスタンプ印象

   にも見られるという(注)

 




   DSC_0729 (4).JPG

       「聖母子と聖人たち」

   この中には、フィレンツェの守護聖人である洗礼者ヨハネも見られるという


                            (ウフィツイ美術館にて)

        

       (注:メソポタニアの神々と空想動物 アンソニー・グリーン 山川出版社)

  (参考:ギリシャ神話 串田孫一著 ちくま文庫)

コメント(1) 

ポッティチェリ「受胎告知」

  

    「歴史を通じて、画家や彫刻家の関心を惹いたテーマ対象とする場合、

     他を圧して第一位占めるのは処女マリアの「受胎告知」と考えてまず

     外れはあるまい。


     マリアに関する、他のテーマすべてを合わせても、受胎告知はおそらく

     これを上回るはずである」    (ヤロス・ペリカン)(注)


     DSC_0725 (7).JPG


       ポッティチェリ 「受胎告知」


           フィツイ美術館(フィレンツェ)にて


         追記

      尚、上記の著者はこんなこをも述べています。

    「ローマのカタコンベ(初期キリスト教徒の避難所となった地下墓地の初期の

     キリスト教壁画の少なくとも三つー聖ブリシッラ墓地、聖マルチェリーノ・

     ピエトロ墓地、1956年に発見されたヴィア・ラテイナ墓地ーが受胎告知を

     描いている。デヴィド・ロブが著書で示しているように、受胎告知は中世の

     西方教会では、祭壇画などの主題となり、中世後期には、これがさらに盛ん

     になる]と。かなり歴史があることが分かります。   

     


      

      (注:聖母マリア・ヤロス・ペリカン 関口篤訳 青土社)


              (補足: この絵は、(聖堂のために、祭壇画として描かれたものである)



コメント(1) 

ポッティチェリ続編 (フィレンツェ・伊)


   DSC_0728 (3).JPG


        「ザクロの聖母」

 

    さて、前回ご紹介したポッティチェリの「マニフィカトの聖母」ですが、

 彼にはまさに続編みたいな絵があります。そう、上記の「ザクロの聖母」です。


  その対象の一つが、聖母とキリストが持つザクロです。


    DSC_0728 (4).JPG
      (部分)


  


  そして、もう一つが天使の少年たちです。


  DSC_0728 (7).JPG   DSC_0728 (6).JPG

   (部分)        (部分)

  もっとも、マニフカトの聖母の天使は五人にたいし、こちらの方は

  六人です。それぞれ美しい顔立ちです。


   そして本が出てくるところも、共通です。


  ポッティチェリは他にも聖母子の作品を描いていますが、

  まさに聖母子の作家といってもいいかも知れません。


   


  (いずれの作品もウフィッツイ美術館にてyoku撮影)



  

コメント(0) 

サンドロ・ポッティチェリ「春」他(フィレンツェ)


    やはり、ポッティチェリの「春」の前は人だかりがしていました。


    かなり前に観たときと変わらぬ風景のような気がしました。
    その時の記憶が蘇りました。




   DSC_0721 (2).JPG



   DSC_0718 (4).JPG

                   ポッティチェリ 「春」


    


   DSC_0727 (3).JPG

         「ヴィナスの誕生」(同上)




   DSC_0735 (3).JPG

        「マニフカトの聖母」(同上)





 DSC_0749 (8).JPG

     「三博士の礼拝」  

      聖母子にひざまずくのは、老コジモだという(注)

      こんな作品も残していたのですね。

      ポッティチェリはメジチ家のサークルに出入りし、
      新プラトン主義と出会い、その作品「春」に反映
      されているといわれている。


     (画像はすべてウフイツィ美術館にて)
      

    (注:参考・ルネサンスの人と文化 樺山紘一 日本放送出版協会)

コメント(1) 

ジョットの「荘厳の聖母」 (フィレンツェ・伊)


        かなり以前、アッシジのサン・フランチェスコの上堂入口の内壁を

  飾る「小鳥への説教」を鑑賞以来であるジョットの作品。



   荘厳の聖母


      DSC_0698 (3).JPG



   そしてチマブーエの「聖母子」(下の絵)」よく比較されるところである。
   チマブエの作品がビザンチン風の面影を残しているのに対して、
   ジョットの作品はルネサンスの気分を画面にはっきり刻印して
   いるという(注)

      



                    DSC_0699 (2).JPG


        (上の両作品 ウフィツィ美術館にて)



 今回のフィレンツェ滞在で最初に観たジョットの作品  


 


  DSC_0562 (3).JPG


            「十字架上のキリスト」

                     (サンタ・ノヴェッラ聖堂にて)

     十字架を型どった板の上に描かれた磔刑像を鑑賞したのは、今回が初めてでした。
     (中部イタリアで12世紀ごろから、このような板絵が登場したのだという)

         ( 尚、この板絵については、以前お送りしました)



   ジョットはこの項の前にお送りしたジョットの鐘塔の設計者ですが、
   完成を見ることなく亡くなった。

   

   (注*美術のヨーロッパ・創元社) 


   (この項目のタイトルに最初、荘厳のキリストと記してしまいました。

   聖母の誤りです。お詫びして、訂正します) 

コメント(1) 

ジョットの鐘塔 (フィレンツェ・イタリア)

 

   ゴシック建築の豊かな装飾性を高く評価して、W・モリスやアール・ヌーヴォー

   等の芸術運動に深い影響を与えたラスキンは

   「この地上に現れた建築のうち最も華麗である」とのべたという。(注)



     DSC_0045 (2).JPG

      

        (ジョットの鐘塔 1334~59年)



  三位一体というか、フィレンツェの建築、このジョットの鐘塔、サン・ジョヴァンニ

  洗礼堂、、サンタ・マリア・デルフィオーレ大聖堂どれ一つ欠くことが出来ないと
  思われます。フィレンツェ滞在中近くを通るとよく眺めたものです。


 フィレンツェを代表する画家のひとりジョットの名を冠する鐘塔はフィレンツェの

 中心部で高く聳えて他を睥睨している。



 DSC_0851 (2).JPG



 DSC_0499 (2).JPG




            DSC_0846 (2).JPG



            DSC_0834 (2).JPG 


 DSC_0848 (2).JPG


   (参考 建築の七灯 岩波、塔のヨーロッパ佐原六郎 日本放送出版協会)



  追記 尚、ジョットはこの鐘塔の建設に関わったが、建設が始まりしばらくして

    亡くなったという(1337年)。


コメント(1) 

サン・ジョヴァンニ洗礼堂③(フィレンツェ)


                天井画の世界



DSC_0843 (5).JPG

 



 早速、中に入ってみましょう。

 


 DSC_0085 (2).JPG



 そこには、モザイクが施された天井画の世界が展開されていました。



 DSC_0082 (3).JPG



 DSC_0091 (3).JPG


 やはり、ここはキリスト中心の世界です。


 DSC_0087 (5).JPG


 最初は聖書の物語がつづられていました


 そして


        DSC_0092 (5).JPG


   キリストの足元を見ると、悪魔?が跋扈

  最後の審判です。


 DSC_0083 (12).JPG



 地獄の場面です。惨たらしい姿が現れました。


 やはり、テーマは最後の審判。お隣のサンタ・マリアデ・デル・フィオーレ大聖堂

 の天井画と同じだったのです。

 二回も同じ場面に浸りました。ヨーロッパ中世には、いかに重いテーマであったか

 分かります。

 (ここの天井画を描いた職人はヴェネツイアから呼ばれたということですが、
 ビザンツと通商を通じて交流のあったヴェネツイアにモザイクの職人が多く
 在住していたと思われます  <ビザンツ、モザイク美術の本場→ サン・マルコ
 モザイク装飾(ヴェネツイア)>

  (注*上記の天井画を描いたと記していますが、正確には作業したのはとお詫び
 して訂正します。つまり、画家による、下絵によって作業したと考えられるから

 です)





コメント(1) 
前の10件 | -